仄暗い校舎の塔屋を
一钻进校舍楼顶的昏暗小屋
抜け出せば君が待っていた
我就在等待着你的到来
錆びたフェンスから望む街
透过锈迹斑斑的铁丝栅栏向街上望去
雨傘の咲く六月の事だった
那已经是街上伞花涌动的六月往事了
曖昧な雲から零れた
夕阳余晖从轮廓暧昧的云隙间洒落下来
陽が作る影は寄り添って
在地上拉出两道长长的影子
「あの場所へ行こう」そう言って
「今天去那里吧」这么说道
濡れた頬を拭い
抹了抹沾湿的脸颊
手を引いて歩く
牵起手一起走下去
叶えられない約束だ
可这是个实现不了的约定
生きる体温をくれた指が解けて
松开了那双给了我生存的体温的手
形のない痛みに変わった
那份温度化作了无形的痛楚
心臓を落としたこの世のどこか
我把自己的心脏落在什么地方了
或いはテトラの片隅で
也许是丢在了第4地区的那个角落里
古ぼけた病舎の階段
陈旧破败的病房楼的楼梯间
ペトリコール漂う夕暮れ
飘散着雨后迟暮的泥土清香
「明日なんて来なくていいのに」
「明天什么的要是不会到来该多好」
遮断桿が降りてふたりを隔てた
断路闸缓缓降下 把你我二人分隔开来
空を遮る高架に沿って
沿着遮蔽天空的高架桥
過去を辿る足音ひとつ
有一串回溯往昔的脚步声
月を追う子供みたいに
梦里那个就像在追逐月亮的
夢中で駆ける君はいないんだ
奔跑着的你已经不见了
すべて茜に染まり落ちていく描写で
全部染上暗红色的画纸散落在地
傘を回して君は笑った
纸上的你一边笑一边转着伞柄
歳月がこの日々を奪うなら
如果说岁月终将要把往昔的一切尽数冲走
大人になんてなりたくないんだ
那我真的不想长成那所谓的大人啊
いつか終わる命の途中で
不知何时就结束了的半途生命里
未完成な唄に君を綴った
歌唱着还未完成的歌将你拼缀点彩
アイリスの咲く季節が巡り
七彩鸢尾盛放的暮春季节几度来临
四十八月の雨が降る
四十八个月的雨不停地下
望まれない命だった
直到和你相遇的那天前
君に逢うその日までは
都未曾被谁期待过的我
今ふたりを繋ぎとめる
将二人紧紧维系在一起的
この花の亡骸を葬る
这朵花的遗骸 现在为我所安葬
You are all that is dear to me in the world.
你是我在这世间所亲近的一切
春も半ばを過ぎ、教室を通り抜ける風が微かに温かみを帯び始めた頃。
春日已经过半,正是教室里穿过的风开始带有一些温暖的时节。
普段と何一つ変わらない放課後、私は生徒会委員の雑務を終わらせると、校舎を支配する喧騒から逃げるようにいつもの屋上へ足を急がせる。
和平时完全相同的放学后,我做完了学生会委员的杂物,从支配校舍的喧嚣中逃离出去,快步走向那一直以来的屋顶上。
屋上にはプールが設置されているのだが、水泳部は人員不足により数年前に廃部、水泳の授業もないこの学校の屋上には誰もいない。
屋顶上虽然设置有一个泳池,但水泳部因为人员不足而在几年前废部了,没有游泳课,也没有人到学校的屋顶上来。
この仄暗い塔屋を抜け出せば、自分だけの世界があった。
从灰暗的校舍的屋内走出,这里就是我一个人的世界。
ただ、その日はいつもと違った。
但是,那一天和平时不一样。
張り詰めたスチール弦が擦れる音、奏でられた和音、細いながらも芯のある優しい歌。見慣れない女の人がそこにいた。
紧绷的钢弦擦出的音,奏响的和弦,那是细腻却有核心般坚韧的温柔的歌。在那里的是一个不熟悉的女生。
こちらの存在に気付いた彼女は、私と目を合わすとまたすぐに視線を楽譜に戻す。
感受到这边存在的她,和我眼神交会之后马上视线又回到了乐谱上。
私は彼女の邪魔にならないように隣のベンチの一番隅に腰を下ろした。
我为了不打扰到她,坐在了旁边长椅上最角落的位置。
水の無い薄汚れた巨大な水槽を眺めながら、彼女の歌を聴いていた。
朝着有着薄薄的污物却没有水的巨大水槽眺望,同时听着她的歌。
次の日も、その次の日も、彼女はそこにいた。
第二天,第三天,她都在那里。
そんなある日、いつものようにベンチに座っていると、一粒の雫が膝に落ちる。
就那样的某一天,我像一直以来那样坐在长凳上的时候,一颗雨滴落了下来。
雨だろうか、なんて考えた途端ぼたぼたと大粒の雨が、一斉に降りだして、
下雨了吗,就在这样想的时候大颗的雨点一齐砸了下来。
傘を持っていなかった私は慌てて舎内に戻ろうとした時、
没有带伞的我正慌慌张张地跑回屋内的时候,
そっと雨は遮られる。私の頭上に彼女が傘を差し出していた。
雨被遮住了。在我的头上是她伸出的伞。
その日空と地面を繋いだ糸筋は、二つの水溜りを引き合わせた。
那天和地交会的一线上,两股水流合在了一起。
今は遠いあの日、第4地区の景色はこの世のどこよりも美しく見えた。
距今已经很远的那一天,第四地区见到的景色比世界上任何地方都要美。
茜色に染まる空の下に並んだ鉄塔が
染上栗色的天空下并列的铁塔
『おかえり』と迎えてくれる家庭も、暖かい食卓を囲む家庭も、そんな当たり前のことが、彼女の家には無かった。
回家时用“回来啦”迎接的家人,围在温暖的餐桌前团聚的家人,即使是这样理所应当的事情,在她住的地方也没有。
両親も、担任の教師も、周りの大人たちもクラスメイトも、彼女には憎く見えていたらしい。
家人、老师、周围的大人甚至同学似乎都在用可憎的眼神看她。
そんな話をしていた時、私のことも嫌い? なんて聞いたら傘を回して静かに笑っていた。
说这些话的时候,也在讨厌我的事情吗?我听见这样的话,看见她转着伞静静的笑着。
気が付いた時には生活の中で『右へ倣え』と意志を奪われていた。
注意到的时候生活中已被夺去了尊严和意志。
それが当たり前だと育っていつからか、どうして生きているのかって疑問を抱くようになった。
产生了“这样是理所当然”的教育究竟是从什么时候开始的,为什么会这样活着的疑问。
誰だってちょっとずつ不幸なできごとと突き当たる。だから自分の不幸を嘆くことなんてない。
谁都会有这样被不幸所击中的那一阵子。所以不会因为自己的不幸而悲叹。
どんなに傷ついても彼女は生きていた。そんな彼女が私には必要だった。
不管受到什么样的伤她都能活下来,这样的她对我来说是必要的。
何もない日々に混ざっていって、こうして少しずつ思い出も風化していくのだろうか。
什么都没有的日子一天天度过,就这样我的思想也一点点愚钝了吧。
寂れた街に広がる、雨上がりの澄み切った空気や、誰かが奏でる未完成な音色、そしてこの第4地区の片隅から見る眺めだけが自分の世界の全てだった。
寂寞的街上散布着的雨后的清新空气,谁奏响的未完成的音色,以及从这第四地区的角落里眺望的景色,曾是我世界的全部。
陽の差さない土の中で息を止め続けているような毎日だった。
那曾是像在阳光都不会照射到的土地中停止了呼吸般的每一天。
少しでも前に進もうと、人並みの人生を送っていたはずだった。
再往前稍稍前进一点点的话,就本该可以过上和普通人一样的人生。
病気がちだった体も昔よりはだいぶよくなったのに、この痛みは今も癒えない
明明曾经病弱的身体也比以前大体上好了不少,那份疼痛却如今也没能痊愈。
夕焼け空が昏る蒼に落ちた街に、忘れかけていた誰かの姿を映している。
夕阳染红的天空,昏暗的苍色落下的街道,照映着已经忘却的人的身姿。
未だ溶けないわだかまりを消そうとただひたすらに今日まで生きてきた。
消除了尚未完全溶解的恶感,只是切实地活到到了今天。
気が付けばこの街を出てから3度目の冬を迎えようとしていた。
注意到的时候已经迎来了走出这条街的第三个冬天。
『自ら願って生まれた訳じゃない。歩き疲れたなら立ち止まって泣いてもいい。』
“人的出生是无法由自己决定的,所以如果走累了,不如停下来哭一场。”
彼女の言葉が消えたこの場所に来ても何もしてあげられない。
明明她的话语和温暖至今也支持着我活下去,我却在她消失的这个地方即使来了也什么都做不了。
彼女を失ったあの日から、とっくに私は死んでいたんだと今になって思う。
从她死去的那天起,我现在想我大概已经是死了。
心臓をどこかに落としてしまったのだ。
心脏落在了什么地方。
この世のどこかに、あるいはこの第4地区の片隅で。
在这个世界的什么地方,抑或是这个第四区域的角落里。
人は、いつか必ず死ぬということを思い知らなければ、生きているということを実感することもできない。
人啊,如果意识不到自己总有一天会死这件事情的话,就也无法体会到自己正在活着的实感。
いくかの五月雨雲が通り過ぎ、道行く人達が薄手の服を着るようになり、
不知何时五月的梅雨已经结束了,过往的行人穿上了短袖,正是这样开始感觉夏天来临的时候。
夏を間近に感じ始めた頃、私の痩せこけた空虚な生活に、ささやかな楽しみができていた。
我饥饿而空虚的生活中,出现了一些小小的快乐。
前よりも軽くなった足取りで喧騒をかき分け、私はいつもの屋上へ向かう。
踏着比以前还轻盈的脚步发出响声,我去了一直以来的那个屋顶。
仄暗い校舎の塔屋を抜け出せば、そこにはいつもの彼女が待っていた。
从灰暗的校舍的屋内走出,那里等着的是一直以来的她。
私達は歌を作っていた。誰かに聞かせるわけでもない、自分たちだけの歌を。
我们创作了一首歌,那不是给别人听的,而是属于我们自己的歌。
小さい頃に親の見栄でピアノを習わされた時はつまらなかったのに、今はこんなにも楽しい
小时候为了父母的面子而学钢琴的时候明明没觉得,现在却这样的开心。
彼女が奏でるギターにでたらめな歌を乗せる、そんな遊びをしていた。
她弹奏着吉他唱着歌,我们就这样玩着。
お菓子の歌とか、動物の歌とか、花の歌とか、くだらないものばかりだったけれど。
点心的歌,动物的歌,花的歌,尽管尽是些无聊的东西。
雨が降ってきて、私達は傘の下にいた。
雨落了下来,我们躲在了伞下。
錆びたフェンスから望む街にはいくつも雨傘が咲いていた。
从铁栅栏中往出的街道上也绽开了几把伞。
雨の雫がコンクリートにぶつかって跳ねる音がする。
雨滴落在混凝土上跳出清脆的响声。
私は彼女に洗いざらい話した。慰めて欲しいわけでも、同情してほしいわけでもなかった。
我干脆地和她说话,虽然想要安慰她,想要表示出同情。
「明日なんて来なければいいのにね」
“明天如果也能来的话就好了呐”
しばらく続いた無言を破った突拍子もらない言葉、彼女は私の手を握る。
突然打破短暂沉默的话语,她握住了我的手。
手入れの行き届いた爪、白く細い指。
我握住她细腻的手,白而又细长的手指。
彼女の決して暖かくはないその手は、確かに私に温もりをくれた。
她那绝不算温暖的手,也确确实实温暖了我。
前に街の片隅の高台からこの地を見下ろした時にした話を思い出す。
之前在街道角落的高台上看着地下的时候说出的话。
いつかどこか遠い場所に行こう。この狭い街から抜け出そう。そんな約束をしたっけ。
总有一天会去向远方的吧。从这个狭小的街道中逃出去,就这样约定了。
これから先も二人の人生は続いていって、それが当然の事なのだと、
从这开始以后也两个人的人生也会继续下去,这样理所当然的事情,
踏切を渡る途中、カンカンと遮断機の音が響いた途端。
回去的路上,遮断机(*火车通过时拦住行人的装置)的声音响起。
彼女は屋上のベンチに楽譜を忘れたから取りに行くと言い、
她说她把乐谱忘在屋顶上的长椅上了要回去取。
先に帰るよう促され返事をする間もなく、矢継ぎ早に彼女が駆けて行く。
就连我回一句催促她早点回来的功夫都没有,她像箭一样快地跑了出去。
二人を隔てるように遮断機が降り、すぐに電車が通過して彼女の後ろ姿を遮る。
隔断两人的铁栏杆落下,快速通过的电车遮住了她背过去的身姿。
その日以来、私は彼女に会うことはなかった。
从那以后我就再没有见过她。
雨の中にいると、あの日のようにそっと彼女が傘を差し出してくれるんじゃないかと思ってしまう。
在雨中,我想如果那一天她没有那样把伞伸给我的话就好了。
明日は雨が降ることを願っていた
虽曾许愿明天也下雨吧。